ブログ・エッセイ


NEW!! 家庭菜園、野菜、調理、軽率、手抜き、二重否定

自分が作った野菜は、何というか、「かわいい」。「むげにはできない」という気持ちがどうしても強い。だからこれまで繰り返し書いてきたように、家庭菜園で出来た野菜は、出来るだけ自分で洗って自分で処理あい調理する。そんなことから、「頂き物の野菜」など、後回しにするか、ときには知らん顔して調理しないこともある。
そんなことをみて奥方は、「あんたは自分のつくった野菜のえこひいきがひどい、ひどすぎる」とのたまう。まあその通りである。とはいえ、わたしの作った野菜を、たとえ奥方といえども、わたし以外の人が処理すると、外葉や少し腐っているものなど、どんどん捨てて行ってしまう。「食べられるのになあ」とわたしなどは思うのだが。
そして、もともと軽率でいい加減な性格のわたしなど、あまつさえ近年歳を重ね、なかなか丁寧な料理ができなくなった。「これぐらいで よかんべイズム」というわけで、わたしの料理は、畑野菜が優先になることも加わって、「畑野菜ごった煮」、「ごった炒め」となって、スマートさがなく、主役の材料とうまくマッチしない。
今年は、葉大根というのを作ってみて少しずつ収穫しているのだが、これはわたしのみたところ、ちりめんじゃこやアミを入れてイシルとかナンプラーを少しだけ加えてチャーハンにすれば間違いなく美味しそうだ。そう思って畑から帰ってきて、間引きの人参と、この葉大根と、それにくっついている小さな大根など切って置いておいたのだった。。
そして夕ご飯、奥方とのすり合わせもないまま準備に入って、簡単に味付け「酢鶏」をパックにしたものに、家の野菜をいためて食べるという、簡単だが美味しい味付けのメニューが定まった。これは、玉ねぎや人参・キノコなどを別に炒めてパックの「酢鶏」を加えたら間違いなく美味しいのだが、ついつい面倒に思って、先に刻んでおいた葉大根などを炒めて加えて調理してしまった。
決してまずいわけではない、ただミスマッチなのである。どうもいけない。収穫した野菜を優先的に使おうとする悪い癖が出た。「優先的に使う」というより、自分の野菜を「捌かせよう」としてしまうのだ。
そのことを正直に奥方へ申し述べると、「まあ美味しくないわけではない」という二重否定の、そつのないお答え。まあそうだな、まずい、ミスマッチとはっきり言えば角が立つ。なるほど考え抜かれた、というかよく慣れたというか、賢明なお答えである。
そして、「賢明でないわけではない」家庭菜園家兼調理人のわたしはは、手間でも、野菜は「適材適所」を心掛けるようにしようと、素直に反省して、また畑野菜の処理・調理に励もうと決意した次第である。
2026年2月23日 記