ブログ・エッセイ


吉村昭、『プリズンの満月』、饗庭孝男、「共苦」、「受苦的存在」、外地図書館職員

吉村昭『プリズンの満月』を新潮文庫版で読んだ。
この小説は、刑務官として、熊本刑務所から巣鴨プリズン、のちに小菅刑務所で働いた鶴岡という人物の回想の形式で綴られている。そのうち巣鴨プリズンでの勤務体験がその中心だ。著者「あとがき」によると、鶴岡は架空の人物だが、プリズンが舞台の出来事は「すべて事実」という。
この小説では、場所も時期も異なるとはいえ、同じ戦争を体験した、一方の日本人刑務官が、他方で、戦犯として判決を受け収監された同胞の受刑者を監視する、という矛盾と葛藤に満ちた状況が描かれている。この思いは、プリズンの同僚やさらに所長ら上層部までも共有に持っていた感情でもあった。
戦争の勝者が敗者の国を裁くという歴史の中で、同じ敗戦国民でありながら、同国人の戦犯を監視することになってしまった鶴岡だが、戦争終結を目的として原爆を投じた国の責任を問おうとしない裁判など無効だと述べるインドのパール判事の主張に対してひそかに共感を持ったりする。そして刑務官として四十年間働き、巣鴨プリズンの歴史と同伴し、その消長を眺めて生きてきた。あわせて述べておけば、原子爆弾投下だけでなく、終戦直前に満洲へと侵攻し、数知れぬ捕虜を連行して抑留・強制労働を強いたもうひとつの国の責任を問おうとしない裁判なんて、ということもあるだろう。
ところでこの文庫版の解説を饗庭孝男が書いているのだが、饗庭は、こうした刑務官らの感情を、「共苦」また「同苦」の思い、と言い表している。表題となっているプリズンの同じ満月を、刑務官の鶴岡も、そしてまた受刑者の戦犯たちも、それぞれの思いを持ちながら共に眺めているというわけだ。つまり鶴岡もプリズン所長も他の職員も受刑者たちも、この「共苦」という思いを共有している、それがこの小説の通奏低音をなしているということだろう。
わたしは、刑務官の鶴岡やプリズンの職員、受刑者らが抱え持っている基層の感情が、まさしく「共苦」というものであったというこの饗庭の論に強く共感を覚える。そしてそのうえで、もう少し一般化することが許されるなら、その「共苦」は、もう少し広い地点まで延ばして言えば、「受苦」という概念とも通底しているのではないかと思ったりする。
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「受苦」というのは、学生の頃に読んだマルクーゼの言葉だったかと思うが、それは人間存在の対象性に属しているということだったろうと記憶する。詳しいこと難しいことはもう忘れてしまったが、人間はその対象的な存在のゆえに、自然や社会に働きかけ、何かを獲得し何かを失い何らかの影響を受けて喜び悲しむ、そしてまたそのように生きていく、そんな構造をもった存在であると理解した気がする。
自分にとって、これまで何度か、分けが判らなくなり途方に暮れたこともあるにはあったが、この「対象的存在」「受苦的存在」という考えを心の奥底に抱え持って、なんとかやってきたような気もする。
吉村昭のこの本を読み、饗庭孝男の解説を読んで、まことに手前味噌ながら、拙著『戦前期外地活動図書館職員人名辞書』も、どこかそのような思いをもって作成してきたような気持ちを持っている。それは、戦前期に外地で活動した図書館員について、図書館の館長や図書館の主任レベルだけでなく、すべての図書館職員が、それぞれの図書館で、受苦の念、共苦の思いで、同じ満月を眺めたにちがいない、ということだ。
それは、図書館で責任ある立場にあった館長や主任らにとどまらず、図書館に身を置いた図書館職員全員が、その時々ながら、同じ満月を眺めたということだ。
そしてこれが、外地の図書館に身を置いたすべての職員の事績を書きとどめて事典を作ろうと思い定めた最初の気持であったと思う。後世の研究者らから選抜された人物の事典ではけっしてなく、ともかく全員、全職員だ、と思い定め、いささかムキになって仕事をしてきた。
それは、この吉村の小説の、また饗庭のいう「共苦」の想いとどこか通底しているのではないかと、ひそかに思うのである。 (2018年11月15日 記)