ブログ・エッセイ
NEW!! 売れ残り本、出版形態、裁断、再販はずれ、自由価格本、寄贈、発送
ありがたいことに、これまで何冊か出版することができた。どこかで書いたことがあるが、その種別はさまざまである。印刷屋さんに頼んで制作した完全な自主制作・自費出版、取次に口座があるがさほど大きくない出版社、歴史専門の出版社、そして規模の大きな出版社などである。それぞれに条件があり、著者の持ち部数を指定されるケースや、印税ももらえるケースなど、いろいろであった。
最新の3冊ばかりは、二つ目のケースである。小さな版元で刷り部数も少ないから、図書館などに新刊案内を送付する。そして架蔵していただける場合、出入りの書店に注文票を渡せば発注作業が終わるように取次経由の版元をわたしは選んできた。大阪府立図書館で集書業務を合計9年担当したから、取次を経由しない本の購入作業がなかなか煩雑であることをよく知っているからである。ただわたしは当時、取り次ぎを経由しないいわゆる一社一件の本を蔵書にすることに情熱を持っていた。そして各種出版情報をみては手紙を出して購入に励んでいた。
そんな切ない回想はともかく、これら二つ目のケースは「自費による刊行」であったから、一定期間を経過した時期、売れ残った本の処分について版元からお尋ねがある。
引き取る?それともこちらで裁断する?と。それ以外に、再販を外して自由価格市場で流通させる場合もある。
わたしは若いころに出版した図書館論の本について、わたしの了解を得ないで、AまたはB印を天地に押して、流されたことがある。図書館時代のことだが、大阪の難波の本屋で「定価を外した安い価格で売っているぞ」と同僚に教えられ、いそいで版元に抗議した。そして、自由市場に流している価格で引き取るから全部を当方に送れ!と満身の怒りを込めて通知した。おかげで我が家はしばらくの間、再販外れになりかけた本であふれかえっていた。
そして時はいま。売れ残った本の処分について版元からお尋ねだ。裁断する?引き取る?ときた。
裁断するのはなんだか本に申し訳ない。だが自由市場に流されるのはもっといやだ。古書価格が値崩れする。古書でよい値段が付くということをこの上ない誉れと思っているわたしとしては、どうしても、引き取る、という選択にならざるを得ない。
そして我が家の玄関や廊下には、版元から送られてきた段ボールケースが30箱ほど積まれてある。
さてどうする? 所蔵のない図書館のうちで、備え付けてくれそうな図書館に寄贈するか。
というわけで、「ゆうメール」用の380円切手、またはレターパック430円をしこたま買い込んで、日々寄贈のための発送作業である。一度にたくさんの作業をするといやになるので、毎日数冊ずつ。毎日毎日、日課のようにやっている。
それにこの度『評伝 山口玄洞 寄附・寄進に生きた実業家、その軌跡をたどる』 (松香堂書店4980円)を出版したものだから、この新刊案内を図書館あてに送付する作業もやっている。読書離れのご時世でもあり、地味であまり売れなさそうな本でもあるから、案内を送ってもなかなか購入してもらえない。だけど読んでもらったら、けっこうおもしろいんだけどな。
ま、致し方ない。ボケたりしないようにとその予防策の出版でもあるから、良しとしないといけないのである。
2025年12月21日