ブログ・エッセイ


NEW!! 畑、ブロッコリー、菜花、孫、電車好き、花好き

夏野菜の季節がやってきた。三人で100坪ほどの農地を借りているわが家庭菜園も、「腰痛三人老人」ながら何とかやっているが、先行きが見通せない状態だ。それでもともかく、わたしたちにも等しく、夏野菜の時期がやってきてしまった。
畑では、早春から収穫してきた菜花も、ついに立派な菜の花になった。このように感慨を持って、「立派に菜の花に」というのも、収穫してどんどん小さくなっていく菜花のつぼみを、これでもか、とばかりに摘み取って食しているからだ。「もういい加減に花を咲かさせてくれ」と懇願されているのを、「いやまだまだ食べるのだ」と、小さくても出てきたつぼみをどんどん摘んで食べている。自然の摂理に反するようなこんな収穫をようやく断念して、菜花はようやく立派に花を咲かせて菜の花になったというわけだ。
つぼみを食べるという点では、ブロッコリーも同じだ。小さいながらも一番目のブロッコリーを収穫して、その名に値するブロッコリーを食べる。その後は、わき目として出てくる二番目、三番目のつぼみを食べる。この辺りまでは、まだまだ見た目も何とかブロッコリーとしての体裁がある。しかしながらわたしの場合は、出てくるつぼみを、次から次へと容赦なく摘まんで、それをブロッコリーと称して食べていく。
こんなにしつような収穫の仕方をしている家庭菜園家は、そんなにいないのではないかと思う。日本で十の指に入るかとも思ったりするが、いやいや、わたしのようなもったいながり屋の菜園家のはるか上をいく家庭菜園家はもっともっといるだろう。でも一万の指には入るかもしれない。
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ところで、わたしの近くに男の子二人の孫がいる。小学校4年生と保育園の年長組だ。列車好きのわたしは、「列車乗り」の相手をしてもらいたいと思い、上の子から何とか電車好きにしようと、新幹線や電車の本を買ってプレゼントし読んでやったりした。そこそこ電車も好きになったものの、この孫、昨年ぐらいから地元のサッカークラブに入ってしまい、あまりじいちゃんの相手をしてくれなくなった。
ならば次は下の孫だとばかり、はたまた列車や新幹線の本を買い、図書館で借りて一緒に読んだりした。家に来た時には、列車のDVDを見せたりもした。その甲斐あって、いまのところ、かなりの電車好きになったし、電車に乗ると喜ぶ子どもになってきた。
それからこの孫を、「畑仲間」にしようと、花や野菜の本も買ってやって、畑に誘ったりしてきた。おかげで今のところは、電車ばかりでなく、花や樹木、野菜も好きになって、畑に行こうと誘うと、行こう行こうと喜んでついてきてくれる。
畑で件(くだん)のブロッコリーを収穫するにあたっても、ここにもあるよと、小さなつぼみも見つけて収穫してくれる。いまは絹サヤやスナップエンドウの収穫の時期なのだが、小さな豆でも、ここにある、だいぶ大きいよ、と言いながら収穫してくれる。
早生(わせ)の玉ねぎはいまが収穫時期だが、なかなか大きい玉ねぎを作ることの出来ないわたしだが、それでも、これけっこうおおきい、といって喜んで収穫する。
家に帰るとばあちゃんに、「もうすぐ赤玉ねぎも大きくなったら取ってくるからね」と報告する。だがはたして、期待できるほどに赤玉ねぎが大きくなってくれるかどうか。
そしてこの孫が、いつまで、こんなじいちゃんのお付き合いをして、畑にいっしょに行ってくれるものやら、こちらも大いに心配ではある。 2022年4月24日 記