ブログ・エッセイ
NEW!! 茄子、NHK、ヴィランの言い分、藤沢周平、『蝉しぐれ』
雨が降らない。10日ほど前に、雷が鳴ってひどい雨が降ったが、それ以降、まったく降らない。畑の土はカチカチで、スコップも入らない。「最近の天気は、「程」というものを知らないのか!」と人生行路師匠。参った困った。
早朝に家庭菜園に向かうようにしているのだが、こんな雨が降らないような
状況では、畑でのしごとといえば、一に水遣り、二に休憩、三に水遣り、四に水遣り、五に休憩、である。
このまえ、NHKの「ヴィランの言い分」という番組で、茄子が「ヴィラン様」として登場していたが、茄子は、小さな実を付けた後、大きくなるのは、水次第であると宣まっておられた。茄子が「水喰い」であることは知っていたが、ここまで明言されると、茄子をひいきにして、水遣りに励まねばならぬ。
そしていま楽しみに読んでいる藤沢周平『蝉しぐれ』にも、茄子の水遣りの場面が出てきた。文四郎の家の畑、「菜園の隅のたった三畝だけ」ということだが、毎日浅漬けやおつゆの実にして食べていると言い、秋には塩漬けにするほど実が獲れるらしい。そして以下、文四郎の言。
「しかし茄子畑ほど水を吸う土はない」
「茄子はたくさん水をやらないと、うすくて張りのある皮、うまい実ができないといわれている」
「(そこで文四郎は)朝に夕に水をやる」
「だが、茄子畑はまるで砂地のように水を吸い取るので、…桶をさげて少なくとも四、五回は裏の小川と菜園を往復しないといけない」
なるほど、うすくて張りのある皮や美味しい実をつける茄子は、水が何より大事だということだな。よくわかった。ヴィラン様と文四郎殿のご説明で、よくよく理解した。
とはいえ、わたしの菜園と小川、すぐ近くなのだが、水を汲んで、茄子のところまで運ぶのもけっこう労力を使う。茄子を一番のひいき筋にすることにはしたのだが、とはいえ、きゅうりだって水は欲しかろう。夏バテ防止と称して食べている、モロヘイヤやツルムラサキ、空心菜やオクラとて、「茄子ひいき」を黙って見過ごすことはあるまい。腹を立てて、「枯れてやる」と自爆するかもしれぬ。そんなことになったら大変だから、茄子に水を2杯やったら、モロヘイヤなど「夏バテ防止野菜」の一党にも、水の一杯は差し上げないわけにはいくまい。
さすれば、サトイモだって、「おいらもホントは水が欲しいんだよね」というし、ゴーヤだって黙っているはずはない。そして追い詰められてしんどくなるのは、老齢家庭菜園家だ。「代替えの財源」、じゃない「体力」もないのに、水遣り水遣りと、野菜たちにいい顔はできないし、「こまったこまったコマドリ姉妹」、である。
2026年8月2日 記