ブログ・エッセイ


『二十歳の原点』、NHK関西熱視線、上から目線、先から目線

2017年2月20日
金曜午後7時はNHKニュースだが、そのあとの7時30分から関西熱視線という番組がある。ニュースのあとの流れがよいことからわりとみている番組だ。2月10日だったか17日だったか、高野悦子の『二十歳の原点』がいま若者たちに読まれている、ということを取り上げていた。いまの若者が、二十歳の自分自分自身を、高野の二十歳の時代の手記と照らし合わせることで、自分の悩みや進む方向や生き方を考えているのだという。つまり自分自身の客観化というか対象化を高野悦子の手記で行っているということだ。もちろんわたしたちもそんな歳ごろはあり、そんな年代には、そのようなやり方で、つまりいろんな小説や評論、思想書を読み、またときに映画を観たりしながら、あれこれと考え込んだりしていたのだと、懐かしく思い起こした。それはわたしにとってはも50年ほど前のことになる。そしてこの番組をみながらあらためて気がついたことがあった。
いま書いたようにわたしたちは、あのような時代を、かのように、あれこれと考え悩んで生きてきた。つまりわたしたちは彼らにとってはいわば先行の世代である。だがこの先行の世代というのは、往々にして、なにか既に体験した先行者としてのおごりというか、既体験者の、上からの目線というか、そのような視線で若い者たちを眺めがちにもなってしまう。このことについてわたしは、50歳になり大学の教員に転職して大学で二十歳前後の若い諸氏と日々接することになったとき大きな違和感となって現れた。そして、そのとき、ささやかながら心に思い定めたことがあった。今回の番組を見ていて、そのときのわたしの思い定めとどこか共通したものがあるなとそう思ったのだった。
それは、大学で若い学生諸氏と接するときに、彼ら彼女らの、気分というか思考というか感性というか、そのほんの一部でも、若い時代のわたし自身が持っていた気分や思考や感性と通じるものがあれば、それを大事にしていこうと思ったことだった。大学の現場に身を置いて、教員らが、学生たちを、なんというか上からの目線で、先行者の立場で、指導するという姿勢がひどく目について、嫌な気分がした。
もちろん学生は若いし、教えられる存在ではあるのだから、その構造は変えられない。だけど、この悉無律的な、つまりALL OR NOTHING の考えをもってしまえば、大学での自分自身の時間が実につまらないものになってしまうのではないかと思った。そして、学生と話をしていて、もしも何か共通の思いや、若いころ自分もそうだったと思われるものがあれば、そこにはかならず共鳴し共振しようと、そう思って、学生諸氏と接することとした。そう考えることによって、わたし自身がずいぶん気が楽になり、身軽になった気もした。研究室は当初から開放していたが、ゼミ生だけでなく、その友人たちもよく溜るようになった。
この「先から目線」は、なにもわたしの専売ではない。わたしたちが20歳のころ、わたしたちの運動に対して、大学内でも多くの批判があったが、なかには共振してくれた教員諸氏も確かに存在していた。その当時の教員諸氏のことを思い返してみると、おそらく彼らも、自分自身の若い時代に抱いた気分や思考や感性と、どこかで共振して、他の部分では支持できなくてもこの共振できる部分を胸奥に抱えて、わたしたちに接してくれたのではないかと今にして思う。いまわたしは大学も定年となり、学生と恒常的に接することはなくなった。それでもこうした「先から目線の相対化」とでもいう姿勢は、子どもや孫に対して接するときにも、すこしは役に立つかと思ったりする。
ついでに言えば、高野悦子が立命館大学で過ごしたのは河原町の広小路学舎の時代であった。番組では衣笠が映っていたように思うが、場所の持つ力というのは大きいものがある。河原町通りの荒神口にはしあんくれーるというジャズ喫茶もあった。今の衣笠とはずいぶん違ったものがあった。場所のもつ力、というものも軽く見るわけにはいかないと思う。 (2017年2月23日記)